長慶寺(10/13)

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Fujita

もとは天台、真言二宗をかねる密教道場で、大船の玉縄にあったといわれています。鎌倉時代に浄土真宗に変わり、戦国時代には石山本願寺の合戦で織田信長と戦った実好普古(じっそうふこ)が住職のとき、現在の中野町に移り草庵を設けたと伝えられています。その後、徳川家康が鷹狩の帰りその草庵に立ち寄って水を所望したところ、普古は家康とは気づかずに粗末な茶碗に、通称水ノ口山(ふじやま)の良水を差し出すと、家康が感謝し本堂再建の費用を寄付したと伝えられています。家康からの拝領と伝わる茶碗が残されています。

↓長慶寺の鐘楼です。